大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(く)65号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣旨および理由は、抗告申立書および抗告申立補充書のとおりであるから、これらを引用する。

(一)  一件記録(奈良地方裁判所昭和四九年(わ)第二二九号傷害暴行被告事件記録を含む)によると、原裁判所は、右被告事件の第七回公判期日が開かれた後である昭和五一年五月二〇日被告人に対し同事件の公訴事実を勾留の基礎事実として、被告人に刑事訴訟法六〇条一項二、三号の該当事由があるものと認めて勾留決定をなし、同年同月二四日に右勾留状が執行されたことが認められる。

(二)  そこで、本件抗告の理由となっている右勾留の理由および必要性の存否について順次検討を加える。

(1)  刑事訴訟法六〇条一項二号該当事由の存否について、一件記録による公判審理の経過に徴すれば、前記公訴事実について被告人はこれを全面的に否定し、本件ではその罪体のすべてが争点となつていること、同事実立証のため検察官から第三回公判期日に取調請求のあつた書証のうち主要なものは殆んど不同意となつたため、これに代るものとして同期日に被害者池上一夫ほか五名の証人申請がなされ、これがすべて採用され、物証の全くない本件にあつては右各証人の証言内容の如何が当該犯罪の成否に重大な影響を及ぼすものであるから、これらの証人尋問はできる限り記憶の鮮明な時期に法規に従つて適正かつ迅速に実施されることが要請されるところ、後で述べるような傍聴人多数による異常事態の発生および被告人の不出頭などに基因し最初の証人である池上一夫の主尋問が第四回、第五回の各公判期日にかろうじて実施されたに止まり、第六回公判期日に予定されていた同証人に対する反対尋問、補充尋問などを含むその余の取調はすでに第一〇回公判を経由した現段階においても未だ実施されていない有様であり、その余の証人五名の尋問も未了で、これら一連の証拠調は未だ緒についたばかりであること、本件公判は第一回公判より典型的な荒れる法廷を現出し、傍聴人多数による法廷内の不当な行状や喧噪状態は度重なる裁判所職員の指示、制止にも拘らず継続され、第三回公判期日以降実質審理に入つたものの右喧噪状態は断続的に継続され、証人池上一夫の尋問が開始された第四回公判期日には法廷内の傍聴人多数が右開始直前、裁判長の説得および発言禁止命令に全く耳を傾けることなく、拳を突き出し、「O君(被告人のこと)闘争に勝利するぞ」「池上(証人)を徹底的に糾弾するぞ」「勝利するぞ、」「池上を絶対に許さないぞ」とシュプレヒコールを強力かつ執拗に繰り返して喧噪はその極に達し、さらに、右証人尋問中にも「われ嘘ばかりつくな、お前」などと放言し、これを裁判長が注意するや「お前なめてたらあかんぞ」「ふざけるなお前」「こら、どういうこつちや」「勝手に作つて言うとるやんか」などと裁判長の指示、命令を無視するような反抗的態度を示し、当該証人尋問の続行を著しく困難ならしめ、やむなく閉廷を宣した裁判長に続いて退廷しようとした両陪席裁判官を法壇上で傍聴人の一部のものが取り囲み、その退廷を阻止しつつ罵倒をあびせてこずきまわすなどの逸脱行動に及んだこと、引続き右証人尋問が行われた第五回公判期日には開廷後約一五分間にわたり傍聴人多数から前回同様野次的、反撥的、威迫的な発言が繰り返えされたので、裁判長は右事態に対処し法廷の秩序を維持するため、やむなく派出要請した警察官を法廷内外に配備し、その後は、弁護人と傍聴人の間で話合いの機会が持たれようやく公判の進行は比較的平穏裡に推移したこと、被告人は第四回公判期日の右証人尋問中、自席を立つて二回にわたり同証人に近付き威圧的な態度に及んだほかは、自ら証人威迫的発言をしていないことがそれぞれ認められるけれども、原裁判所の首席書記官風早弘司作成の法廷外状況報告書(昭和五一年七月二六日付のもの)により認められる本件第一回なし第七回の各公判期日における開廷前および開廷後の原裁判所構内玄関前などでの被告人と傍聴人を含む参集者多数との共同行動およびアジ演説、シユプレヒコールの具体的な内容および態様を仔細に考察すると、右参集者は被告人の裁判闘争に同調しこれを支援するグループに属する者達であることが推認されるばかりではなく、第四回、第五回公判期日における傍聴人ら(右参集者の一部)の池上証人に向けられた一連の威迫的言動は、右法廷外の共同行動と無関係なものではなく、むしろ被告人と右傍聴人らとが相互に意思相通じて団結を強化し、「不当弾圧粉砕」「池上を徹底的に糾弾する」というスローガンを貫徹するための共同闘争の一環としてなされた疑いが濃く、右のような威迫的言動は、当該証人に対し甚だしい心理圧迫を与えてその証言内容を歪曲変容させる虞れのある不当な逸脱行為であり、従前における公判進行の推移、状況および前記法廷内外の被告人、傍聴人らの態度などに徴し、被告人と傍聴人らが相呼応して池上証人を含む関係証人に対し今後も前記のような威迫的言動またはこれに類似するような行動を繰り返す虞れがあるものと認められ、これを放置すると本件真相の究明を著しく阻害し、適正な公判審理の遂行に重大な支障となるものといわねばならない。もつとも、所論指摘のように本件勾留決定は前記第五回公判期日後、約四ケ月を経過してなされたことは記録上明白であるけれども、右の期間内に右のような証人威迫的な言動に及ぶ虞れが消滅したと認められるような特段の事情はこれを見出すことはできない。また所論は池上証人をはじめとする本件各被害者はいずれも被告人の上司管理者で、これらの証人に圧力をかけて公判廷で供述を変えさせる現実的可能性は少いと指摘するが、前説示のような証人威迫の内容、方法および程度に照らし当該証言内容を左右変容させる具体的危険性が存する以上、右のような現実的可能性は否定できないものというべきである。

以上認定のような諸事情を総合勘案すると、本件につき被告人には前記傍聴人らと相呼応して証人威迫的言動に及び罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が存するものと認めるのが相当である。

(2)  刑事訴訟法六〇条一項三号該当事由の存否について、なるほど前記関係記録によると、被告人は第六回公判期日に原裁判所の許可を得ないで開廷中に退廷し、かつ、第七回公判期日には同裁判所構内玄関前まで出向きながら、原裁判所が派出要請した警察官の配置方法などにつき抗議して出廷を拒否し、結局正当な理由なく同期日に出頭しなかつたことが認められ、右両期日における被告人の態度は、原裁判所の指定する第八回公判日以降の出頭確保に疑念をさしはさむに足る消極的事由であることはこれを否定し難いけれども、他面、同記録によると、被告人は原裁判所における第一回ないし第六回の各公判期日にいずれも確実に出頭し、その出頭状況は良好であり、第六回公判期日における無断退廷は、弁護人や傍聴人の退廷に刺激されてこれに追従したものであることが同公判調書の記載内容からも容易に窺え、若し弁護人が退廷しなければ被告人は右のような挙に出なかつたものと推測するに難くなく、第七回公判期日における被告人の前記出廷拒否も原裁判所の裁判長が再三、弁護人に勧めたように、弁護人による適切な入廷勧告がなされていたならば被告人が翻意してその出頭が確保できたのではないかと推察する余地もないではないこと、被告人には一度も勾引状が執行された事跡がなく、また当日は格別、同期日以降の勾引状の執行が不能または著しく困難になると認められるような特段の事情も見当らないことなどの諸事情のほか、被告人の住居が本籍地において安定定着していること、所論指摘のように同居の被告人の妻が妊娠中であり、被告人は自動車運転手として就労し、比較的生活が安定していること、弁護人が被告人の出頭確保について鋭意努力中であることが窺えることなどを併わせ考慮すると、被告人が第七回の公判期日に出廷を拒否し、その前期日に許可なく退廷した所為などを観察評価し、これを本件、公判審理およびその処罰を免れるため所在不明になつたと実質上同視できるような状況を故意に作出する虞れがあるものと直ちに断定し難く、結局被告人には逃亡すると疑うに足る相当な理由はないものと認めるほかはない。

(3)  勾留の必要性などについて、右(二)の(1)掲記の諸事情に照らすと、その罪証隠滅を防止するため勾留の必要性を是認するに十分であり、勾引状の執行のみによつてはその実効をおさめることができないものというべく、その他所論にかんがみ関係記録を精査しても前認定の勾留の理由および必要性が消滅したと認めるに足る事情を見出すことはできない。

以上の次第であるから、被告人を勾留した原決定は相当である。

(三)  よつて、本件抗告は理由がないから刑事訴訟法四二六条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(原田修 大西一夫 龍岡資晃)

【抗告申立書】

申立の趣旨

原裁判を取消す

との裁判を求める。

申立の理由

一、(再)勾留の理由の不存在

(一) (再)勾留および勾留理由開示

被告人は、勾留中の昭和四九年一〇月七日暴行傷害被告事件で起訴され、同月九日、職権で勾留取消決定されたが、昭和五一年五月二四日再び職権で勾留決定された。

勾留状に記載されている勾留理由は、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号および第三号が掲げられている。昭和五一年六月一〇日の右勾留理由開示公判において、裁判長は、右根拠は従来の公判の経過に基づくとして、第一回公判ないし第七回公判までの経過を説明したうえ、傍聴人らの行動は、検察官請求の証人に威圧を加えるなど適正な裁判の実現を妨害しようとするものであり、それは被告人と気脈を通じその意を受けてなされていることは明白で、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたるとし、さらに裁判所の警備措置に対する抗議に名をかりた退廷は正当なものではなく、被告人は逃亡したものであり、また、逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたると説明した。

(二) 被告人には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がない。

1 公判の経過

刑事訴訟法第六〇条第一項第二号の罪証隠滅のおそれありとして、被告人を勾留することが許されるためには、被告人につき、単に抽象的な罪証隠滅の可能性があるというだけでは足りず、具体的な事実に基礎づけられた罪証隠滅の蓋然性が肯定されなければならない(大阪地、昭三八・四・二七決下刑集五・三―四・四四四参照)。ところが、原裁判所は公判の経過を説明して、その総合判断が罪証隠滅のおそれある場合にあたるという。本件法廷が、いわゆる「荒れる法廷」であることならば、それは是正されなければならないが、公判の経過を羅列的に述べて、それを被告人に結びつけて罪証隠滅のおそれの理由に結びつけてはならない。そこで公判の経過について述べるならば、まず、第一回公判から第三回公判までは検察官申請証人は、在廷していない。また、第六回公判以降も傍聴人のいる法廷に証人は在廷していない。即ち、証人と傍聴人が同時に在廷したのは、証人調べの行われた第四回および第五回公判の二回である。

そして、第一回公判から第三回公判においては、当初、傍聴券をもたない傍聴人が入廷したが、結局、傍聴券をもたない者は退廷しており、また、傍聴席には記者席一〇席中空席が多いため、便宜的に、記者が傍聴に来るまで他の傍聴を許されたいという傍聴人の希望について、裁判所は、記者クラブとの協議によるとして許可しなかつた。結局、第三回以降は傍聴人は記者席には座つていない。(なお、傍聴希望者は、法廷外にひかえて、途中で傍聴券を承ることにより、交替してなるべく多くの者が傍聴できるようにしていた。このことは、当然記録上明らかでないが、裁判所職員のよく知るところである。)さらに、ゼツケン、鉢巻をつけて入廷する者があるも第二回公判以降は、やがては、それらを取つている。第一回公判から第三回公判までにおいて、傍聴人がけん騒にわたつたこともあつたが、それは主に傍聴数等の警備に関する問題によるものであつた。

次に、第四回公判、第五回公判においては、証人池上一夫の証人調べが行われたが、その途中、野次があつた。結局、第五回公判の途中で警察機動隊が入廷した。この事態に対して、弁護人は警察機動隊の退廷および一時休廷を要請し、傍聴人に説得を試みた。証人尋問再開後は全く静粛であり、検察官の主尋問を概ね終了した。

ところが、第六回公判においては、裁判所玄関に警察機動隊が配置され、傍聴券のない者は庁舎玄関から入庁させず(これは前述の傍聴人の交替による傍聴を不可能とし、従来の傍聴を実質的に制限するものである。)また、法廷の中にこそ警察官はいないが、廊下、扉の外に隊列を組んで警察機動隊が配置されていた。前回、静粛に証人尋問が終つたにもかかわらず、このような挑発的とさえいえる強権的な裁判所の警備、訴訟指揮に抗議するとともに、弁護人は退廷した。第七回公判においても、裁判所の右のような警備、訴訟指揮はかわらなかつたが、被告人は、右のような警備および実質的な傍聴の制限に抗議して庁舎玄関から入庁しなかつた。第六回および第七回公判が進行しなかつたのも警備、傍聴制限に関する問題によるものであつた。

そして、被告人は第八回公判期日の直前昭和五一年五月二四日に、職権で(再)勾留されたのである。

2 被告人の態度

次に被告人自身の行動についてであるが、裁判長は、勾留理由開示公判において、傍聴人の行動は、証人に威圧を加えるなどの適正な裁判の実現を妨害しようとするものであり、それは被告人と気脈を通じ、その意を受けてなされていることは明白であるとし、その例としてそれらの発言内容、態様が被告人を支援し、被告人とともに集会を開いていた状況を掲げている。しかし、まず第一に、証人威迫が主に問題となるのは、証人が在廷した第四回(昭和五〇年一〇月三日)および第五回(昭和五一年一月二二日)公判であるが、「気脈を通じその意を受けて」というが、被告人の行動は、はなはだ具体性に欠け、傍聴人らの集会への参加が掲げられるのみである。被告人が自分の事件に関心をもつて傍聴に来た人々の集会に参加し、あいさつをすることはよくあることである。また仮りに、たとえ傍職人らの発言に証人を威迫するものがあつたとしても、右集会は証人威迫を目的としたものでもなく、また、被告人が証人威迫について、傍聴人に対して、積極的行動や発言など特段の行為を一切していないのに、傍聴人の発言が「被告人の意に反し、もしくはその反対を押し切つてなされた」発言でないことをもつて罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由があるとは言えまい。また、記録上明らかではないが、被告人が第四回公判において証人に近づいたこともその一資料というが、仮りに被告人が証人に近づいたことがあつたとしても、そのことで直ちに罪証隠滅のおそれを理由に勾留するにあたらない。次に、第二に、右のことは仮りに問題となるとしても、勾留の約四ケ月(第五回公判)から七ケ月余(第四回公判)以前のことであり、その後二回の公判期日を経ているのである(この二回は、前述のように法廷警備等が問題になつているので、証人尋問自体は流れ、証人は在廷していない)。勾留の理由を判断するには、あまりにも期日を経ている。

3 罪証隠滅の不可能性

罪証隠滅の対象となつている証拠とは、本件の場合具体的には証人池上一夫の証言である。ところで、右証人はかつての被告人の上司であり、また労使関係において対立関係にある者であつた(被告人は組合の分会書記長をしていた)。そして、本件公訴事実自体は計画的、組織的、集団的犯罪ではなく単独犯である。当然、検察官は公訴を維持しうると考える証拠をもつて公訴を提起したのであり、被害者はすべて被告人の上司管理職の者であり、この証人に圧力をかけて、公判廷で供述を変えさせ罪証を隠滅するという現実的可能性はない。

4 被告人の不出頭は、罪証隠滅を疑う相当な理由とはならない。

なお、むしろ被告人の再勾留当時その理由に考えられたのは、「正当な理由のない」被告人の公判廷への不出頭あるいは退廷である。公判開廷を不能ならしめる目的を以つて故意に出頭せず、老齢の証人の死亡、或は海外への出発を待つような消極的な行為も罪証隠滅とはなりうるであろう(昭和二八年九月一〇日東高刑四決定、青柳刑訴通論)。しかし本件の場合は、被告人は庁舎玄関まで来ながら警備等に抗議して入廷しなかつたり、入廷後退廷した場合であつて、罪証隠滅を目的としないことは勿論である。(場合によつては後述のように勾引で足りるものである。)

(三) 被告人は逃亡し、逃亡すると疑うに足りる相当な理由がない。

被告人の公判廷への不出頭(のおそれ)を、逃亡(のおそれ)に含めて考えられるか。しかし、被告人の出頭の確保のためには勾引と勾留の制度があることを考えねばならない。公判廷への不出頭(のおそれ)があつても、居所がはつきりしており、所在不明となるおそれがなければ公判廷へ出頭させるためには、勾引すればたりるのである。(木谷・令状基本問題追加40問、松本・捜査法大系Ⅱ四二頁)。逃亡(のおそれ)とは、被告人が所在不明となり、召喚も勾引もできなくなる(おそれ)と解すべきである。逃亡のおそれには、刑事訴追を免れる意思、すなわち官憲の追及を免れる意思が必要である(松本・捜査法大系Ⅱ四二頁)。被告人には妊娠中の妻がおり、定職(運転手)もあり、逃亡などは思いもよらぬことである。被告人は、前述の如く警備等に抗議して庁舎玄関より入庁しなかつたり、入庁後退廷したものであり、逃亡の意思は全くない。なお被告人は、第九回公判廷において出廷を拒否したが、これはこのような不当な勾留に抗議しての行為である。

二、(再)勾留の必要性の不存在

百歩譲つて仮に万一、御庁において被告人に罪証隠滅のおそれがあると思量された場合においても、その場合には、むしろ被告人を勾留しても、傍聴人ら他の者による罪証隠滅のおそれがある場合であり、しかも右罪証隠滅の効果が、被告人がこれに加わると否とで、特段の変化を来たさない場合である。このような場合、それにも拘らず、被告人のみ勾留することは許されない。勾留の効果を期待できないからである。原裁判所は、本件において、被告人を勾留することによつて罪証隠滅を防げるというが、その具体的根拠はあげていない。前述のように、被告人は積極的に、傍聴人らに対し証人威迫についての発言や行動など特段の行為を一切していない。また、被告人は本事件により従来の職場を退職しており、組織的にもそのような立場にない。

もし、事実証人威迫の具体的危険性があるならば、むしろ傍聴人への規制で行われるべきであり、それで足りる。

三、検察官でさえ、第七回公判において勾引を主張したにとどまるのに、原裁判所は被告人や傍聴人等の警備や傍聴制限に対する抗議に対し、被告人を職権で拘束することにより、強権的に訴訟を進行させようとするものである。

以上のように、本件勾留は理由も必要性もなく不当である。

抗告申立補充書〈省略〉

〈参考(一)〉

勾留理由開示公判(昭和五一年六月一〇日)において開示された勾留理由

被告人に対する勾留理由を開示します。

勾留の基礎となる事実は起訴状記載の公訴事実であります。朗読いたします。

「被告人は奈良県生駒市谷田町八三四番地の二所在の生駒郵便局郵便課所属の外務員として勤務していたものであるが、昭和四九年六月二五日、同郵便局において被告人が生駒警察署勤務の警察官から参議院議員選挙用ポスターをはぎとつた嫌疑で事情を聴取されていた際の同郵便局管理者側の態度が冷淡であつたとして憤慨のうえ同郵便局において、

一、同郵便局庶務会計主事山田孝二(当三五才)に対し同日午後七時一〇分過ぎごろ、同郵便局庶務会計事務室前廊下を通りかかつた同人の顔面を左手拳で一回殴打し、ついで同日午後七時三〇分ごろ、同郵便局庶務会計事務室にいた同人の顔面を右手刀で、右前膊部を左手拳でそれぞれ一回殴打し、さらに同日午後八時五分過ぎごろ、右同室にいた同人の右前膊部を左手拳で一回殴打する各暴行を加え、

二、同郵便局貯金保険課長河原金(当五三才)に対し、同目午後七時過ぎごろ、同郵便局郵便課事務室にいた同人の前襟首を右手でわしづかみにしてその身体を五、六回前後にゆさぶり、ついで同日午後七時五〇分ごろ、同郵便局女子洗面所にいた同人の後頭部、腹部を右手拳で左前膊部を右手刀で、顔面を左手拳でそれぞれ一回殴打する各暴行を加え、よつて同人に対し加療約八〇日間を要する頭部、右頬部、左前腕打撲症を負わせ、

三、同郵便局郵便課長池上一夫(当四四才)に対し、同日午後七時一五分過ぎごろ、同郵便局郵便課事務室より同人を貯金保険課事務室に呼び出し、その前襟首を左手でわしづかみにしてその身体を五、六回前後にゆさぶる暴行を加え、

四、同郵便局局長塚本弘明(当五三才)に対し同日午後七時四五分過ぎごろ、同郵便局男子便所にいた同人の前額部を左手拳で、腹部を右手拳でそれぞれ一回殴打する暴行を加え、

五、同郵便局庶務会計長木森政太郎(当五五才)に対し、同日午後八時四五分過ぎごろ、同郵便局局長室より同人を庶務会計事務室前廊下に呼び出し、その顔面を左手拳で一回殴打する暴行を加えたものである」

以上が勾留の基礎となる事実であります。

そして刑事訴訟法六〇条一項各号の事由については、その二号、三号に該当するものであります。

すなわち、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたり、また被告人が逃亡した場合にあたり、さらに逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたるというわけです。

ところで、元来勾留理由開示の制度が設けられている趣旨は、勾留されている者がある場合に、その理由、すなわち犯罪の嫌疑があることおよび法律が定めている事由があることを公開の法廷で明らかにすべきことを規定し、これによつて具体的な犯罪事実の疑いもないのに、あるいは法律に定められている事由もないのに勾留されるようなことを防止し、人権保障を全うしようとするものであります。

しかし、それは勾留が正当かどうかを審査する手続ではありません。そのためには不服申立の制度が別に定められています。また事情が変つたことなどを主張して釈放を求める手続ではありません。そのためには勾留取消や保釈の制度があります。

従つて、勾留理由の開示においては、勾留の基礎となる犯罪事実を告げ、さらに刑事訴訟法六〇条一項各号の事由のどれにあたるかを告げれば足りるのです。特に捜査段階における被疑者の勾留理由開示の場合、裁判所が罪証隠滅のおそれとか、逃亡のおそれとかの具体的根拠に触れることは適当でなく、むしろ検察官の意見陳述に委ねる運用が、適当であります。

しかし、本件のように公判審理を何回も重ねて後の勾留の場合、こうした点に触れることが許されないわけではなく、むしろそれが適当な場合もあります。本件の現段階において、これを適当と認めますので若干の説明を加えたいと思います。

もつとも、犯罪の嫌疑の有無については本案の裁判の結果、有罪か無罪かという形で明らかにすべきで、今これに触れるべきではありません。

従つて、今述べた罪証隠滅ないし逃亡に関する点の根拠について説明することになりますが、それは一口で言えば従来の公判の経過に基づくということになります。

そこで本件の経過をふりかえつてみたいと思います。

第一回公判は昭和五〇年一月二二日でありました。当時、裁判所は、傍聴希望者が比較的多数にのぼると予想されたところから、整理のため傍聴券発行の準備をしたほかは特別な警備態勢をとることなく当日を迎えたのでありますが、傍聴券の数をはるかに上回る多数の者が職員の指示、制止に従わず、ハチマキ、ゼツケンを着用したまま大声を発しながら法廷に入り、法廷内でも喧騒を極め、裁判所の指示、制止にも全く従わない状態が約四〇分間続いてとうてい開廷できる状態ではなかつたのでやむを得ず開廷に至らないままに終りました。

第二回公判は昭和五〇年三月一七日でありました。裁判所は、関係者がこのたびは良識ある態度に出ることを期待して前回同様特別な態勢はとりませんでしたが、開廷時刻になると配付した傍聴券の数を超える者たちが一団となつて大声を発しながら入廷し、約一〇分後、一応静かになりましたが間もなく新聞記者席にも着席させることを要求して再び騒然となり、約四四分間にわたり、裁判所の指示、制止にも従うことなく喧騒状態を続けたのみならず、傍聴人の中にはタバコを取り出し、これに点火するなど著しく不当な行状に出る者すら認められるに至つたので、やむなく裁判に適しない状態であるから期日を変更すると発言したところ突然傍聴人中、一部の者が裁判官席にかけ上り裁判官の退廷を一時阻止するという事態が発生したのであります。

第三回公判は昭和五〇年六月二六日でありましたが、これに臨むにあたり裁判所は前回の出来事は従来わが国の裁判においてその例をみない遺憾なものではあるけれども、なお傍聴人らに特段の意図があるのでなく、いわば一時のハプニングであり、既に反省しているものと信じ、前回および前々回同様傍聴券の配付とこれに基づく整理の態勢をとるにとどめました。当日傍聴人らは大声を発しつつハチマキ、ゼツケンを着用したまま傍聴券発行数を上回る人数が入廷するなど不穏当な状況でありましたが、まもなく傍聴券数を超える者たちは退廷し、着席者らはハチマキ、ゼツケンを取りはずして静粛になつたので開廷し、冒頭手続に入り、被告人の自己の生い立ちや職場の状況、そこにおける労務管理についての見解等を含む意見陳述を終り、次回以降は証拠調べに入ることとなつて無事閉廷しました。

第四回公判は昭和五〇年一〇月三日でありました。裁判所は前回公判における被告人の意見陳述の内容等にかんがみ、証人尋問の始まるこの段階で、事件を、従来の一人の裁判官による裁判から三人の裁判官による合議事件に移し事案にふさわしい慎重な審理を行なうこととしました。また、今回も前回同様平穏な状態で訴訟が正常に進行するものと考え、自庁職員による傍職券発行とこれに伴う整理の態勢のみをとつたのであります。

しかるに当日、この期待は裏切られました。

すなわち、まずゼツケン、ハチマキを着用したままの傍聴券配付数を上回る数の者が大声を発しながら入廷し、裁判所の指示、制止に従うことなく、騒然たる状態が続きました。しかし、約二五分の後傍聴席着席者以外の者は限廷し、残留者はハチマキ、ゼツケンを取りはずして一応平穏となつたので開廷し、証人尋問に入ることとしました。

けれども傍聴人らは、証人の人定質問に際しても、口々に発言し、宣誓の際には裁判所のたびたびの制止にもかかわらず証人に対する威迫的な言葉を多数回にわたつて一せいに絶叫し、証言開始後も威圧的あるいは野次的、妨害的発言を繰り返すなど穏当を欠く振舞いが多く、ついに喧騒のため検察官の質問が証人に聞こえず証人の答えが裁判所に聞き取れないという状況になりました。

そこで証言開始後約四〇分して、裁判所は証人を一旦退廷させ、傍聴人に対し、静かに証言を続けさせるよう、また争うべき点があれば弁護人の反対尋問や反証によつて明らかにすべきものである旨種々説得を試みたのでありますが、傍聴人らは、これに耳をかさず口々に発言をするのみであつたので、もはや審理のできる状態でないと認め、閉廷を宣したところ、傍聴人中十数名の者がまたもや裁判官席に突進し、裁判長に続いて陪席裁判官二名が退廷しようとしたところ、法壇上でこれをとりかこみ、その退廷を阻止しつつ、口々に罵り声をあびせかけ、こづきまわし、両裁判官は負傷するという事態になつたのであります。その間の状況は文字あるいは通常の話し言葉ではとうてい表現できませんが、当日の状況の録音中、開廷時、及び証人の人定質問並びに宣誓時、証言の一部、および証人退廷から閉廷に至る状況等を抜すいした録音テープがありますので、今それをここで再生したいと思います。

(このとき、録音テープを再生する)

これが第四回公判の状況でありました。

そして、第五回公判は昭和五一年一月二三日に行なわれることとなりました。

裁判所は過去四回の公判の状況にかんがみ、このまま推移するときは裁判の名に値する裁判が行なわれることが期待しがたいのみならず、証人や裁判所職員の安全の確保すら危ぶまれる状況であると考えざるを得ませんでした。

それまで裁判所としては、既に述べたように、何ら特別の態勢をとることなく、通常の事件として本件に対処していました。傍聴人らの不穏当な行動に対しても十分な寛容と忍耐を示したつもりであります。ことに第二回公判における裁判官の退廷阻止という不祥事をも、あえてとがめ立てすることなく、傍聴人らが良識ある態度を取り戻すことをひたすらに待つていたのであります。

しかし、事ここに至つては裁判所が憲法と法律に従い、その職責を果すためには、法の定めるところにより所要の措置、特に警察官による警備を行なうこともやむを得ないとするほかはありません。

そこで、ここにはじめて最少必要限度の警備態勢を準備して公判期日を迎えることとなったのであります。

しかし、当日もなお、従来傍聴券配付数を上回る人数が裁判所職員の制止に従うことなく入廷していた実績に照らし、傍聴券所有者のみの入廷を励行する措置をとつたほかは、警察官による法廷内警備等の措置はとりませんでした。

そして前回の証人の証言を続行したのですが、約一五分間にわたり、傍聴人らはこもごも喧騒にわたる威圧的発言を繰返し、裁判長の制止、警告に従わなかつたので法廷秩序維持の措置をとるため、警察官を法廷に導入するのやむなきに至りましたが、弁護人の申出により、弁護人と傍聴人らとの話合いの機会を与えたところ傍聴人らは静粛となり、以後は警察官が法廷に入る必要のないまま平穏に検察官の主尋問をおおむね終了したのであります。

第六回公判は昭和五一年二月二六日でありました。

この日は前回に引き続き、弁護人の反対尋問が平穏に行なわれるものと考え、前回同様の態勢で臨んだところ、意外にも弁護人は警備のため派出されている警察官の退去を要求し、裁判所が従来の経過にかんがみ必要妥当な措置であることを繰返し説明したにもかかわらず、従来の事態についての特別な解決策を提案することもないまま、裁判所の在廷勧告を無視して退廷するの挙に出、被告人もまた許可なく退廷するに至りました。

いずれもすこぶる遺憾な行動であるといわなければなりませんが、裁判所はなおその後の成り行きを静観することとして昭和五一年三月二五日の第七回公判期日を迎えました。

この日、被告人は裁判所玄関前に来ていながら定刻を三〇分過ぎても入廷しませんでした。裁判所は入廷していた弁護人に出頭について被告人と打合せる意向のあることを確かめ、退廷を許可したところ、弁護人は被告人と打合せの結果として被告人は警察官の配置されている状態では入廷できないと考えている旨を述べ、またそれを、不出頭についての正当事由と考えるかとの裁判長の問に対しては意見を留保し、さらにそれ以上、被告人に対し法律家としての助言をする意向のないことを明らかにしたので裁判所は訴訟進行についての弁護人の意見をあらためて聞いた上、被告人不出頭のゆえをもつて期日を延期することとしました。

そして、期日に召喚され出頭義務を負う被告人が、右のような理由で当日出頭しなかつたとすればそれは正当な理由による不出頭にはあたらないことが明白でありますが、なお被告人および弁護人に対し、他にしかるべき不出頭の理由があるならばそれを明らかにし、あるいは場合により、陳謝および次回以後の出頭確約をなす機会を与えるため、公判後の昭和五一年四月一六日付をもつて不出頭理由陳述書の提出を、期限付きで促しました。

しかし、期限を過ぎること二〇日以上となつても回答がなく、不出頭が正当なものであることを理由づけるに足りる事情はないものと解するほかなくなりました。

以上が当裁判所において昭和五一年五月二〇日、被告人に対し、勾留状を発するまでの公判経過のあらましであります。

そこで考えてみますと、

右にみてきたような傍聴人らの行動は、検察官請求の証人に対して威圧を加えるのみならず、裁判所に対してまず一定の影響を与え、適正な裁判の実現を妨害しようとするものと認めるほかありませんが、その発言の内容、あるいは態様が被告人を強く支援する趣旨のものであり、また入廷前あるいは退廷後被告人とともに集会を開いていた状況等をも合わせ考えるときは、けつして被告人の意に反し、もしくはその反対を押し切つてなされているようなものでなく、被告人と気脈を通じ、その意を受けてなされていることは明白であり、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたることもちろんといわなければなりません。

なお第四回公判において証人の証言中、被告人が自席を立つて二回にわたり証人に近づき、威圧的態度を示したことも右認定の一資料となると考えます。

また被告人は法律上、出頭義務、在廷義務を負います。その反面、正当な理由があれば裁判所に対し、そのことを明らかにして期日の変更、退廷許可等の措置を求めることができます。そのようなことがないのに勝手に退廷し、あるいは法廷に出頭しないことは逃亡にほかなりません。平素は家にいるからといつて故意に公判期日に出頭しなければ行方をくらましたのと同じことです。

そして、すでに述べたように裁判所が警備態勢をとらなかつた第四回公判までの状況をみれば、第五回公判以後の警備措置はやむを得ない最少限度の必要適切なものであることは明らかであります。傍聴人や被告人、弁護人の態度が一変して、従来の経過を打ち消すに足りる実績ができれば格別、そうでない以上、この程度の措置をとることは裁判所として当然の責務であります。これに対する抗議に名をかりた不出頭や退廷はけつして正当なものではありません。

さらに右のような不出頭の態様、ことに不出頭理由書の催告にすら応じない態度をみれば、これを放置するときは同様の正当でない不出頭が続くものと考えるほかはありません。従つて、被告人は逃亡したものであり、また逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある場合にあたるといわなければなりません。

このような見地から当裁判所は、憲法及び法律に基づく裁判の職責を果たすため、法律の定めるところに従い、被告人を勾留するのやむなきに至つたのであります。

これが本日開示すべき勾留の理由であります。なお、最後に一言、付言します。

被告人を勾留した後の第八回公判、すなわち昭和五一年五月二七日の期日において、被告人は拘置所職員の指示に従うことなく、衣服を脱ぎすて、居室の洗面台排水管にしがみつくなどして出廷を拒否する態度を示し、また弁護人は公判廷入口まで来ていながら入廷せず「被告人が勾留されている以上入廷しない」との法律上意味がなく、常識では考えられない不穏当な発言をしている状況にあります。裁判所は、弁護人、被告人、傍聴人らが従来のような法律上、訴訟上意味のない行動を直ちに中止し、正常かつ健全な態度で裁判に臨み、争うべき点、主張すべき点は誠実にかつ、法規に則り、堂々と争い、堂々と主張して真実の発見と適正迅速な裁判の実現に向つて歩みはじめられることを切望してやみません。

〈参考(二)〉

録音テープ説明書(裁判長作成名義、勾留理由開示記録に添付)

本件勾留理由開示に際して再生された録音テープ(昭和五〇年一〇月三日第四回公判の経過のうち、開廷時および証人の人定質問時ならびに宣誓時の各状況、証言の一部、証人退廷から閉廷に至る状況等を抜すいしたもの、再生所要時間約一〇分。)の内容を文字で正確に表わすことは不可能であるが、参考までに、ある程度聞き取れる発言のごく概略を摘記すると次のとおりである。

(「傍」は傍聴人の、「裁」は裁判長の、各発言を意味する。)

一、被告人、傍聴人入廷時の状況(階段を昇り四階一号法廷内着席まで)

傍(シユプレツヒコール)「マル生粉砕、闘争勝利」

(法廷入口で裁判所職員がトランジスタメガホンを用い制止するが傍聴人らはこれを無視する。なお傍聴人らは鉢巻ゼツケンを着けたままである。)

裁「静かにしなさい」

傍(入廷後、傍聴席に立ち上がり、こぶしを突き出してシユプレツヒコール)「O君(被告人奥本を指す)闘争に勝利するぞ、池上(当日取調予定の検察官請求の証人、被害者のひとり)を糾弾するぞ、郵政マル生を粉砕するぞ、池上を徹底的に糾弾するぞ、勝利するぞ、池上を絶対に許さないぞ」等

裁「静かにしなさい」

(傍聴人らは制止をきかない。)

二、被告人、傍聴人入廷後の状況(一応着席して口々に騒ぐ)

裁「鉢巻を取りなさい」

傍「大阪高裁認めてるぞ」「フアツシヨンだよ」「カラス黙っとれ」等(カラスとは法服着用の裁判官を指すものと解される。)

裁「鉢巻ゼツケンをしている人がいるようです、取りなさい」

傍「理由を言え」等

裁「鉢巻ゼツケンを取りなさい」

(傍聴人らは指示に従う態度を見せない。)

三、入廷後約二〇分ころの状況(やや静かになる気配が見える)

裁「しんとしてればね……証言の内容も(聞き取れるし)……」

傍(口々に発言)

裁「静かにしますね」

傍(リーダー格の者が揶揄的な態度で)「ハイハイ」「静かにしよう」「はいいこ」「もうええ」「わかつてるて」「従うて」等

四、開廷と公判手続の更新(入廷約二五分後)

裁「それでは開廷します。現在の程度の状態がずつと続くことを期待します」

傍「お前さえいらんこと言わんかつたらええね」

裁「静かにしなさい」

(公判手続の更新を了する。)

五、証人の人定質問と宣誓時の状況

(証人を入廷させ人定質問を行なつたところ、傍聴人らは口々に野次を飛ばす。宣誓に移つたところ、傍聴人らは傍聴席に立ち上がり、シユプレツヒコールをする。)

傍(シユプレツヒコール)「池上を徹底的に糾弾するぞ」「郵政マル生粉砕」「糾弾するぞ」等(極めてはげしいもの)

裁「傍聴人は静かにしなさい、やめなさい」

六、当日の証言の最終部分、証人退廷、閉廷およびその後の混乱状態

和田検事「被告人からそのようにえり首のところをわしづかみにされて引つ張つたり押したりされたそのときに、河原課長はどういうふうにしていましたか」

傍「(騒然たる口々の発言)」

池上証人「やめなさい、と制止しておりました」

傍「(騒然)」「われ、嘘ばつかりつくなお前」

裁「ちよつと待つて下さい、証人を退廷させて傍聴人に注意をしたいと思います」

傍「ナニ!」(傍聴人口々に発言、証人は急いで法廷外に誘導)

傍「お前なめてたらあかんぞ」「ふざけるなお前」「こら、どういうこつちや」

裁「静かにしなさい」「証言が聞こえない状態です、これでは困ります」

傍「勝手に作つて言うとるやんか」等

裁「三時ころの状態ならばよかつたのですが……」

傍「(騒然)」「お前、どういうことや」等

裁「静かにしなさい」

傍「やかましいわ」等 (傍聴人らは激しく発言する)

裁「裁判ができる状態ではないと認めます」

(このあと裁判長はかろうじて退廷できたが、両陪席裁判官は傍聴人らにとりかこまれて退廷を阻止され、法廷内は混乱状態となつた。右発言以後の音響はその模様をうかがわせるものである。)

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